機
機械少年さん (79zbjzv9)2019/10/5 20:45 (No.25263)削除――この世界にはたくさんの人種が生きている。人間、妖怪、昆虫、獣人、アンデッド……、更に言うなら天使や悪魔、神まで存在している。容姿や文化は違えど、皆に共通しているものは存在する。
――それは“心”だ。
それは知能から来るのか、将又歴史が培ったものなのか。罪人になろうと善人であろうと、彼等の行動には意味がある。もし意味を見出すことを放棄したとしても、それまでの思考の形跡はあるだろう。
僕はどんな人種でも心を通わせるチャンスがあるこの世界が大好きだ。
――しかし、あそこにいたのは其れとは別の何かだった。
――あれの前に出てきてしまってから、僕はどれだけ生きれたのだろうか。1時間?30分?それとも1分もなかった?
――あの時間は、あの苦しみは、無限に続くようだった。しかし、思い出を振り返るにも、神への祈りをするにも、両親への感謝や謝罪をするにも、決して十分な時間だったとは言えなかった。
――あっという間の無限。
――それを与えたのは、人の形をしたナニカだった。
――魔物とも違う。あれは生き物ではない。生き物が持つであろう感情は持ち合わせていなかった。
――僕は只近道をするために町の細い路に入っただけだった。
――道の奥へと引きづりこまれ、腸を取り出され、脚を砕かれ、指を一つ一つ千切られ、目を抉られ……。
――それでも何故か生きていた。
――最後に覚えているのは、僕の身体だけが生き物ではないナニカに食べられていくところ。
――どれだけの苦痛を与えられようとも生きていた。それでも、身体を失えば意識を保つことは出来なかったみたいだ。
――次に意識を取り戻したとき、目の前には父がいた。
――良かった、生きていた。でも、僕の身体は肉ではなくなっていた。
――鏡で見た自分の顔にも違和感があった。
――そして何故だか知らないが、僕は大きなガラスケースに入れられた僕の顔を見た記憶があった。
肉眼で自分の顔を直接見ること等決して出来ないはずだから、それは夢幻に過ぎないのだが、目が抉れ耳は削がれ形が歪になっていたにも関わらず、その顔はとても馴染みがあった。
不思議と今の顔よりも。
――その後食事をしながら、父と他愛もない話なんかをして、その一日は終わった。
――これでこの記憶データは終了している。
とある男がいた。
その男は界隈で名の通った機械技師だ。彼は武器や義肢などの内部の作成に精通していた。また周りからの評価も高かった。そんな彼の唯一の家族は一人の小さな息子だけであった。
ある日、彼の息子は兄弟が欲しいと口にしたという。
しかし、既に妻を病で失った彼にはその術はない。彼に与えられるのは、偽りの兄弟だけであった。例え高い技術を持つ彼とは言え、義肢などで身体の一部を作ったことがあったとしても、一つの人間を作るのは初めてだった。
しかし今までの彼の製造物は機能面しかみておらず、外形のデザインに拘りを持ったことはなかった。そのため、綺麗な、より人間らしい、もっと言うならより家族らしい容姿を作るというのは非常に苦戦を強いられるものだった。
結果から言うならそれは上手くはいかなかった。彼の息子をベースに象られたそれであったが、兄弟と呼ぶにはあまりに同一で、自分というにはあまりに違和感がある。そんなものを製造した彼は、息子に兄弟をあげることは出来なかった。
その試作品は倉庫の中で保管された。
そんな出来事があった暫く後、ある事件が起きた。
彼の息子が惨殺された。
帰り道に通った裏道で何者かに襲われた。
自分がみたとき、息子の首から下はどこにもなくその首も必要な部位が大きく損壊していた。
――彼は絶望した。
最愛が残した最愛を失い、最愛と最後に交わした約束も破ることになってしまった。
彼は何も守れなかったと自身の無力さに嘆いたが、それでもこんな形で別れを迎えたくはなかった。
――彼は息子の兄弟を造ろうとしたとき、ある技術を手に入れた。それは命を失ったものの脳から記憶データを取り出し、人工知能にインプットするというもの。
それを使うと、亡くなったその人本人の人格までも移すことが出来る。
――しかし、それは一日だけ。
彼は倉庫から以前造った息子の兄弟を運び出し、早速彼の息子の記憶データをその兄弟に移した。
――彼の息子は再び命を手に入れた。しかしあまりにも衝撃的な出来事であったためか、記憶には混乱が見られた。正確に言えば、直近の記憶が抜けているようだった。
彼は息子に自分が死んだということを悟らせたくはなかった。
だから特別な日にはせず、別れの言葉も告げず、ただ日々の感謝を伝えて、彼の記憶の最後を共にした。
――精神を衰弱させ見る見る身体を弱らせていった。
数年のうちにはベッドから出る事も出来ず、そのまま息を引き取ってしまった。
彼との生活の記録はそこで終了している。
私の中には一人の記憶データと一人と生活を共にしたデータがある。
その記憶データは持ち主の主観と私の解析の二つの視点で観測されている。
――私の視点からでもわかる。あれは本当にヒトではなかった。
――あれは、化け物だ。
――あれほど抵抗なく、かといって喜びを感じていることもなく、唯淡々と残虐を働く姿に通常の感情が動いているようには思えなかった。
――私は男の最期に、こう伝えられた。
“お前の中で……、私の息子を、私と私の息子のことをずっと守り続けてくれ。”
私は唯一彼に教えられた技術、“死人からの記憶抽出”を使い、自分の中にそのデータをインプットした。
彼の記憶の中に、最期のメッセージが残されていた。
“――頼んだぞ、『アウルス』”